裏庭の野良猫母子 その10「失望」

母猫の手術は、結局一方的にキャンセルされた。

朝いたのは若い声の女医ではなく、年配の男性。「避妊手術のあと14日安静、そして抜糸。うちでも預かれますがもっと費用がかさみますよ。えっ?そのあと放すんですか?じゃダメです。放すのはこの行政区では禁じられているんですよ。ダメダメ、じゃあ手術できませんね。」全く取り合ってもらえなかった。

ちなみに「ここの行政区ではダメ」と言われたのだから、と隣の地区の獣医クリニックに電話をかけ手術を要請した。結果は同じく施行拒否。TNR(TrapNeuterRelease)の捕獲避妊解放は、前日のエントリにも書いたようにオーストラリアには存在しない。行政地区でも認められていないところのほうが多い。まだかなり保存されている野生動物減少にかかわるので、野良猫は「基本的に」捕獲後安楽死だと言われた。ならば、なぜ野良猫を少なくするために飼い犬のような登録処置をとらないのか。野良猫をなくす処置を殺処理に限定するのはオーストラリアの動物保護法の片手落ちだ。登録制度を導入すれば、野良犬が皆無になったように将来野良猫が減少するのではないのか。

歯ぎしりするほど悔しいが、今日たった今この母猫をどうするか。

仕方なく、母猫はシェルターに運んだ。おとなしくて、一声も発しなかった。スタッフの話では、家猫だったのに捨てられたということも「考えられる」と。だからもし慣れてくれるなら殺処分にはならない、と。わたしは、手術ができなかったのだからそのまま寄付として包むからと、泣いて頼んだ。最後にはわたしの様子に困ったような顔をしたスタッフに、「少し様子を見るから大丈夫。今のところは大丈夫だから、心配しないで、ね」と譲歩してもらった。涙で顔がぐちゃぐちゃになり、学校に着いてからトイレに直行、化粧を直して授業をしたが、はっきり言ってどんな授業をしたのかさえ覚えていない。

仔猫たちは仔猫棟にいるそうで、3匹ともまだ幼いので大丈夫だろうとのことだ。だってかわいいもの。シェルターのスタッフも仔猫はすぐに里親が見つかるのが常だと言っていた。せめてもの慰め。

しかし、わたしは惨めだった。

そりゃあ、わたしは野良猫の保護に関してはド素人だ。保護の何たるかもまるでわかっちゃいない。野良猫を裏庭で見つけたのも初めてなら、その猫たちを一括して捕獲したのさえ初めてだ。要領が悪かったと思う。もっと他にもいい方法があったのかもしれないと思う。
それとも、そのまま無視していればよかったのか。仔猫を見つけた時点で、友達のひとりが言ったように「レンガを元通りにして隣家からの道を完全にふさいでしまえ」ばよかったのか。餌など決してやらなければよかったのか。百歩譲って、全員捕獲して直接シェルターに届ければよかったのか。そして、忘れてしまえばよかったのか。もしかしたらあのまま放しておけばよかったのか。そしてまた仔猫を何年にも渡って産み続けるほうがよかったのか。

「もし....だったら」という様々な可能性が頭の中でふくれあがってグルグルと廻り続け、たったひとつのことだけは確実だとわたしに告げているようだった。母猫に関して言えば、わたしは失敗したのだった。
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